なか仙寄席

なか仙寄席通信(第24号)

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枝光師匠が五代目桂文枝(当時は小文枝)に弟子入りしたのは、昭和53(1978)年、大阪の高校を卒業したばかりの19歳の頃でした。文枝は三代目桂米朝、六代目笑福亭松鶴、三代目桂春團治とともに「上方四天王」と呼ばれた大名人。はんなりとした上品な芸風が特長で、色気のある女性を演じさせたら右に出る者はないと言われていました。
噺家を目指す若者は、まず自分が師事する師匠を決め、弟子入りを直談判します。スポーツ選手のように代理人が間に入ってくれるわけではありません。一度目はあっさり断られたという枝光さん。それでもめげずに再アタックし、周囲の尽力もあって入門が許されたそうです。師匠の機嫌ひとつで人生が決まってしまうこの世界。師匠と弟子の絆は「運」と「縁」の両方があって初めて結ばれるのですね。

ところで、ご存知の方も多いと思いますが、枝光さんの兄弟子で文枝一門の総領弟子である桂三枝さんが、来年7月に六代目となる「桂文枝」を襲名することになりました。「三枝の名をここまで大きくしたのにもったいない」とか、「創作落語中心の三枝がどんな文枝になるのか」など外野はいろいろ言いますが、ご本人の思惑はともかく、「桂」の源流でもある文枝という名跡が一門の手で守られることはとても重要だと思います。戦後消滅しかけた上方落語をかろうじてつなぎとめた四天王と、その意志を受け継ぎ落語の灯を守り続けた弟子たちがいるからこそ、私たちは今こうして落語を楽しんでいられるのです。
私も、せっかく北海道に芽吹いた落語の若木を枯らさないよう、自分にできることをやらなくちゃと思い始めました。どんな形であれ、残すことが大事。残さなくていいのはつまらないギャグと有害な廃棄物だけです。

さて、本日の演目は「住吉駕籠」と「植木屋娘」。「住吉駕籠」は大阪・住吉大社の前で客を待つ駕籠屋が主人公。トンチンカンな相棒やムチャクチャな客に振り回されるベテラン駕籠屋の苦悩と試練の物語です。ひつこいセリフ回しがジワジワと笑いのツボを刺激する上方らしい噺。「植木屋娘」は、年頃の娘を持つ父親がお婿さん獲得のために大奮闘します。サゲにはいろいろなパターンがあるのですが、枝光さんらしい明るくめでたいハッピーエンド。モラルがどうのと目くじら立てず、あっけかんと笑っちゃいましょう。それでは、本日もゆっくりとお楽しみください。

(舟見恭子/落語ライター兼「なか仙寄席」お手伝い)

なか仙寄席通信(第23号)

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近頃は何でもかんでも「想定外」で済まされますが、想定内の事態が想定通りに起こるケースもあるもので、「そろそろヤバそうだな」と思っていた落語仕事がほんとにヤバくなりました。このままじゃ落語について書く場がなくなってしまうなぁと思っていたら、目の前になか仙寄席のチラシがヒラヒラと舞い降りてきて……というわけで、誠に勝手ながら急遽「なか仙寄席通信」を担当させていただきまーす。
落語にはよく実在の地名や名所旧跡が登場します。夏の定番ネタ「舟弁慶」で喜ぃ公や清ぇやんが船遊びをする大川は、大阪中心部を流れて大阪湾へ至る旧淀川の一部。今も変わらず大阪府民の夕涼みスポットとして親しまれています。夏の盛りには、屋形船の上で酔客が紅白のフンドシ踊りをするとかしないとか。
枝光師匠の十八番、「井戸の茶碗」に出てくる浪人・千代田卜斎親子が住むのは「清正公様脇の裏長屋」。清正公とは戦国の武将・加藤清正のことで、東京の港区白金台に清正公を祀った覚林寺というお寺があり、千代田氏の長屋はおそらくその近くと思われます。貧乏長屋のお嬢さんも、世が世ならシロガネーゼだったわけです。
また、屑屋さんが声をかけられる「細川様のお窓下」は、同じく白金にある肥後熊本城主五十四万石、細川越中守の下屋敷。細川家は後陽成天皇を先祖に持ち、細川忠興・ガラシャ夫妻など歴史的人物を輩出する名門中の名門。現当主は元首相の細川護煕氏です。古美術品の収集でも有名で、細川コレクションには「井戸の茶碗」がちゃんとあるというウソみたいなホントの話。
さて、本日の演目は「天狗裁き」と「親子茶屋」。「天狗裁き」は、気持ちよく昼寝をしていたはずのご亭主がとんでもない事態に巻き込まれていくサスペンス巨編(?)。一体どこまでオオゴトになっていくのか! 想像力をめいっぱい働かせて主人公に感情移入してください。
「親子茶屋」は、お茶屋遊びに明け暮れる若旦那と、そんな息子に怒り心頭な大旦那が繰り広げる親子バトル。後半に出てくる「狐つり」という目隠し遊びは、お金持ちの芸者遊びが疑似体験できます。ちなみにお茶屋のある宗右衛門町は大阪・道頓堀川の北側にある歓楽街で、現在は「ミナミ」と呼ばれています。昔の面影はなくなってしまいましたが、殿方が若いギャルを求めて散財するのは変わってないようですね。
それでは、本日もゆっくりとお楽しみください。
(舟見恭子/落語ライター兼「なか仙寄席」お手伝い)

なか仙寄席通信(第22号)

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〝井戸の茶碗〟と聞いてその茶碗をすぐにイメージできる人は、よほど茶道に精通しているか陶器に詳しい人だろう。たいていの人は、「井戸に落ちた茶碗のこと?」などと「?」付きで考えてしまうはずだ。私もそうだった。しかしそれでは〝はてなの茶碗〟である。
井戸の茶碗とは、高麗茶碗の名品の中でも「一井戸二楽三唐津」と言われる、朝鮮南部で焼かれた陶器の傑作のことだ。
榎本滋民の『落語ことば辞典』によれば、肥後の陶工井戸新九郎が焼いたもの、大和の豪族井戸氏の所有していたもの、井戸若狭守が高麗から持ち帰ったもの、井戸の中から掘り出したものなど、名称の由来については諸説あるようだ。
また、その種類も多く、大井戸(名物手井戸・本手井戸)、小井戸(古井戸)、青井戸、井戸脇などがあるほか、大阪の豪商竹田喜左衛門が所有した京都大徳寺孤蓮庵の「喜左衛門井戸」(国宝指定)や、大和の戦国武将筒井順慶から豊臣秀吉に献上されたあと金沢嵯峨家に渡った「筒井筒」などがとくに名高いのだそうだ。
三遊亭宗家、円朝・円生の流れをくむ三遊亭竜楽師匠は、「この茶碗は信長・秀吉・家康の三侯が所有し、関ヶ原の合戦のさいに行方不明となっておりました井戸の茶碗にございます」と演っていた。
さて、本日の桂枝光師匠の噺ではいったいどんな茶碗が飛び出すのか、頑固な老武士や正直者の屑屋がどのように描かれるのか、見どころが満載の『井戸の茶碗』にどうぞご期待ください。

それから本日のトリネタは『隣の桜』。春になると上方でよく演じられる噺だ。別名『鼻ねじ』。
四、五日前までは札幌も春の陽気だったが、ここ数日はあいにく真冬に逆戻りしたような天候。でも春はもうすぐ、まずは落語で笑いながら花見の予行とまいりましょう。どうぞ最後までごゆっくりとお楽しみください。

なお、次回のなか仙寄席は4月30日。演目は、『三十石 夢の通い路』の予定。枝光師匠が久々に素晴らしいのど(舟歌)を聞かせてくれる。こちらは夏の船遊びの気分を先取りしたような上方噺。皆様お誘い合わせのうえどうぞおいでください。

(土肥寿郎/「なか仙寄席」世話人)

なか仙寄席通信第21号

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あけましておめでとうございます。

といっても月末ですからすっかり正月気分も抜けておりますが、今年初のなか仙寄席でございます。相変わらず暗い話題が続く中、せめて寄席のひと時だけでも浮き世のうさを忘れ、桂枝光師匠の賑やかな上方落語に大いに笑っていただきたいと思います。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

ところで今年は、枝光師匠が大阪から北海道に移住して20周年なんですね。喘息のお子さんの転地療法のために縁もゆかりもない土地へ91年にやって来て、落語不毛の地と言われたこの北海道で孤軍奮闘してきたわけです。そのご苦労といったら……詳しくは、桂枝光+土肥寿郎の名著『ちりとてちんの味わい方』(1000円)と『愛宕山の登り方』(1500円)に収録されている「桂枝光の噺家人生」をご覧ください。

さて、その20周年を記念した「平成開進亭」の特別公演が来たる3月10日(木)、札幌駅北口のエルプラザで開催されます。ゲストは先日放映された『情熱大陸』でも紹介された落語協会会長・柳家小三治門下の柳家三三師匠。東京では独演会のチケット入手が困難な人気と実力を兼ね備えた当代きっての若手真打です。この日は枝光師匠の上方の古典落語と三三師匠の江戸前の古典落語のぶつかり合いになることが必至の好カード。見逃せませんよ。(チケットを購入されたい方はなか仙寄席スタッフにお申し出ください。)

さあ、本日のなか仙寄席もすごいです。大きなネタの三連発。枝光師匠、今年初の高座なので気合い入ってます。

まずは東西で多くの噺家がそれぞれの味付けで演じているおなじみの噺『道具屋』。得意とした笑福亭仁鶴師匠は昔このネタだけで家を建てたとか建てないとか。中トリネタは大阪でもなかなか聞く機会の少ない『天神山』。こちらは枝光師匠の十八番となりつつある幻想譚とも言えるお噺。

そして本日のトリネタはなんと上方落語屈指の大ネタ『らくだ』です。今この難しい長尺ネタをやって客を呼べるのは笑福亭鶴瓶だけと言ってもいいでしょう。枝光師匠にとっては今日が正真正銘の初舞台。噺の筋はあえて説明しますまい。今日この日、なか仙に来たあなたは幸せ者だ。年始めから札幌で『らくだ』を聞けるなんて(それもネタおろし)! 一生自慢していいです。

では今しばらくお待ちください。

(土肥寿郎/「なか仙寄席」世話人)

なか仙寄席通信第20号

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「長屋」や「質屋」が分かる客がだんだん減ってきた、と嘆く噺家は多い。北海道でいえば、たしかに長屋は旧産炭地の「炭住」くらいしか残っていない。だから本日の枝光師匠の二席の大ネタ(『不動坊』『質屋蔵』)もその背景がどこまで伝わるかやや気になるが、その一方で質屋のほうはこの不況で逆に繁昌しているとも聞く。「リサイクルショップ」も増えている。
私も質屋には随分お世話になった。若い時分にニコンの一眼レフを流した時には泣きましたなあ。思い出すだに口惜しい。そんな〝気〟がカメラに乗り移り、新たな持ち主が撮した写真にはそこにいるはずのない私の坊主頭が……てなことはないと思いますが、てなことだらけなのが大阪のとある質屋の三番蔵――。

毎晩蔵に化け物が出るとの町内の悪評を聞いた旦那がある日、蔵の調査探索チームを結成、気の弱い番頭と手伝いの熊五郎を派遣するが……。見せ場とハメモノ(音曲)がたっぷり入った本日のトリネタ『質屋蔵』は、東京では名人三遊亭円生が得意とした噺。ネタ下ろしから約一年、枝光師匠が満を持して高座にかける上方噺の大ネタを、おなじみの『鹿政談』、先日の開進亭でネタ下ろししたばかりの『不動坊』とともにどうぞ存分にお楽しみを。

さて、早いもので次回11月20日の「なか仙寄席」が今年最後の寄席となる。出し物は、枝光師匠一年半ぶりの再演となる冬の人情噺『帯久』と他二席。
『質屋蔵』が個人の借金にかかわる噺なら、『帯久』は大店同士の融通のし合いがやがて奉行を巻き込む大事件に発展する物語。「ああこんな経営者いるいる」と思わず頷くような、せちがらい世のリアルな描写が聴きどころだが、人を救うのもまた人という年の最後にふさわしい人情噺でもある。
皆様お誘い合わせのうえ今年最後のなか仙寄席にどうぞお越しください。寄席の後の宴会はちょっと早めの忘年会っぽくなるかも……。

(土肥寿郎/「なか仙寄席」世話人)